なんで「オリンピック」って言うの? 起源はいつどこで?
何をきっかけにオリンピックができたのか教えてください。
ドイツ人のクルチウスを主任とする考古学グループがオリンピアの発掘に着手したのは1876年で、この大事業は5年後の81年に完了しました。その結果、オリンピアの主要な建造物の様子は、ほぼ明らかにされたのです。
オリンピアの発掘は、ヨーロッパ知識人の心をとらえました。1863年、フランス・パリ生まれの青年貴族ピエール・ド・クーベルタン(Pierre de Coubertin)もその1人で18歳でした。それから2年後の1883年に彼はイギリスに渡り、教育制度とスポーツの現状をつぶさに見学しました。彼はラグビー校、イートン校、ハロー校などにおける学生のスポーツ生活に深い感銘を受ける反面、祖国フランスの現状に落胆しました。当時のフランスは普仏戦争に敗れたこともあって、国民は意気消沈していました。これを救うには、スポーツを通して青少年の志気を高める以外にはないというのが、クーベルタンのそのときの思いつきでした。彼は教育者でもありました。この思いつきは信念となり、祖国フランスばかりでなく、人類と世界の平和のためにスポーツを通じて働きかけるまでにエスカレートするのです。
そのクーベルタンがオリンピック復興に関する構想をはじめて公表したのは、1892年11月25日、パリのソルボンヌ大学講堂で開催されたフランスの競技スポーツ連合(Union des Sports Athlétique)の創立5周年記念式典に出席したときです。幸いなことにそれから2年後の1894年6月、同じ場所で「アマチュア問題の疑義についての研究」のための国際体育会議が開催されました。この国際会議にはヨーロッパ先進国やアメリカなどの20カ国、47団体から79名の代表者が出席しました。このときにクーベルタンは再びオリンピック復興についての提案をし、6月23日にそれが認められたのです。と同時に、近代オリンピック主催者として国際オリンピック委員会(IOC)を創設することも決められました。6月23日が万国共通の“オリンピック・デー”となっているのは、近代オリンピックの誕生日だからです。
こうして、近代の第1回オリンピック競技大会は、1896年4月6日から15日まで、ギリシャのアテネで開催されたのです。
執筆者:伊藤公(いとう・いさお)プロフィール
1935年生まれ。明治大学文学部卒。出版社を経て66年より日本体育協会・日本オリンピック委員会(JOC)に勤務。その大半を国際部門で過ごし、80年のモスクワ・オリンピック時は国際課長だった。91年、独立しフリーのオリンピック評論家に。72年の札幌冬季大会時よりオリンピックに携わり、現場での観戦・取材は夏季・冬季合わせて10大会に及ぶ。日本スポーツ学会(スポーツ・ネットワーク)運営理事、日本スポーツ芸術協会、日本オリンピック・アカデミー(JOA)各会員。共著・共編著は『オリンピックの本』(サイマル出版会、1986年)、『近代オリンピック100年の歩み』(ベースボール・マガジン社、1994年)、『ポケット版オリンピック事典』(楽、2008年)など多数。ネット情報は『モスクワ五輪ボイコットの真相』(http://blog.livedoor.jp/itoko2/、2005年11月1日〜06年3月17日 全137回)など。








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