
「オリンピックは参加することに意義がある」と言われていますが、その真意と背景は?
近代オリンピックの父、クーベルタンが語ったとされる「オリンピックは参加することに意義がある」との言葉は、しばしば「勝たなくともよい。参加することが大事だ」とか、「弱くとも、参加すべきだ」という意味に誤解・曲解されることがあります。しかし、本当の真意はそうではありません。正しく理解するためには、この言葉が出てきた背景を知る必要があります。
1908年の第4回大会は、4月27日から10月31日まで半年以上にわたってロンドンで開催されました。第一の事件は陸上競技の1種目として行われた綱引きのアメリカ対イギリスの試合で起きました。この試合は1チーム8人で競われました。アメリカの選手は普通のスポーツシューズをはいていたのですが、リバプールの警察官で編成したイギリスチームは、底にスパイクのついたブーツをはいて出場したのです。これでは最初から勝負は決まっているようなものです。当然のことながらアメリカチームは、スパイクなしの同じシューズで戦うべきだと抗議しました。だが、審判団はアメリカの抗議を受けつけなかったために、軍配はイギリスに上がりました。
アメリカとイギリスのトラブルは、それだけではありませんでした。第二の事件は同じく陸上競技男子400mで起きました。伝統を誇る800m、1500mの中距離でアメリカのメル・シェパードに優勝をさらわれていたイギリスは、大英帝国のメンツにかけても400mで優勝をもぎとる意欲に燃えていました。決勝に残ったのは、アメリカの3人とイギリスのウィンダム・ハルスウェルの4人。ホームストレートに入ったとき、先頭に立ったのはアメリカのカーペンターとロビンスの2人で、イギリスのハルスウェルは2人を追走する形となり、優勝はもはやアメリカの2人に絞られました。そこへ突然、ロビンスがカーペンターの右側に並びました。そのときフィールドの内側にいた審判員が「反則」と手をあげて叫び、ゴール付近に集まりました。そのためカーペンターは審判員たちにさえぎられ、立ち往生してしまいました。カーペンターは走路妨害のため失格となり、2日後に3人で再レースすることになったのです。
アメリカ側はこの決定を不服として再レースをボイコットしたために、再レースはハルスウェルただ1人で走り、50秒0で優勝し、2、3位はなしという珍記録が生まれました。
執筆者:伊藤公(いとう・いさお)プロフィール
1935年生まれ。明治大学文学部卒。出版社を経て66年より日本体育協会・日本オリンピック委員会(JOC)に勤務。その大半を国際部門で過ごし、80年のモスクワ・オリンピック時は国際課長だった。91年、独立しフリーのオリンピック評論家に。72年の札幌冬季大会時よりオリンピックに携わり、現場での観戦・取材は夏季・冬季合わせて10大会に及ぶ。日本スポーツ学会(スポーツ・ネットワーク)運営理事、日本スポーツ芸術協会、日本オリンピック・アカデミー(JOA)各会員。共著・共編著は『オリンピックの本』(サイマル出版会、1986年)、『近代オリンピック100年の歩み』(ベースボール・マガジン社、1994年)、『ポケット版オリンピック事典』(楽、2008年)など多数。ネット情報は『モスクワ五輪ボイコットの真相』(http://blog.livedoor.jp/itoko2/、2005年11月1日〜06年3月17日 全137回)など。