
「オリンピックは参加することに意義がある」と言われていますが、その真意と背景は?
このように、1908年の第4回ロンドン大会の陸上競技では、アメリカとイギリスの対立が少なからず起こり、両国民の感情のもつれは収拾できないほどに悪化していました。そうしたさなかの7月19日の日曜日、セントポール・カテドラルで行われたミサで、ペンシルベニアのエチェルバート・タルボット主教は、各国代表選手団を前に「このオリンピックで重要なことは、勝利することより、むしろ参加したということであろう」と説教し、勝つために見苦しい争いをつづけるアメリカ、イギリス両国の選手たちを諭しました。
それから5日後の7月24日の夜、イギリス政府はこの大会に参加した役員を招待したレセプションを開きました。その席上でクーベルタンIOC会長は「ペンシルベニアの主教が“オリンピック競技大会で重要なことは、勝つことではなく、参加することである“と述べられたのは、まことに至言である。人生において重要なことは、成功することではなく努力することである。根本的なことは、征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある。このような教えを広めることによって、いっそう強固な、いっそう激しい、しかもより慎重にして、より寛大な人間性をつくり上げることができる」と演説しました。
この言葉は、それからしばらく引用されずにいましたが、1932年の第10回ロサンゼルス大会の選手村の娯楽堂に掲げられてから“オリンピックの理想”とされる“クーベルタンの言葉”として一般にも知られるようになりました。しかし正式には、エチェルバート・タルボットとクーベルタンの合作といった方が適切かもしれません。
参考までに記すと、“クーベルタンの言葉”の英語表記は次のとおりです。
The most important thing in the Olympic Games is not to win but to take part. just as the important thing in life is not the triumph but the struggle. The essential thing is not to have conquered but to have fought well.
─ Pierre de Coubertin
執筆者:伊藤公(いとう・いさお)プロフィール
1935年生まれ。明治大学文学部卒。出版社を経て66年より日本体育協会・日本オリンピック委員会(JOC)に勤務。その大半を国際部門で過ごし、80年のモスクワ・オリンピック時は国際課長だった。91年、独立しフリーのオリンピック評論家に。72年の札幌冬季大会時よりオリンピックに携わり、現場での観戦・取材は夏季・冬季合わせて10大会に及ぶ。日本スポーツ学会(スポーツ・ネットワーク)運営理事、日本スポーツ芸術協会、日本オリンピック・アカデミー(JOA)各会員。共著・共編著は『オリンピックの本』(サイマル出版会、1986年)、『近代オリンピック100年の歩み』(ベースボール・マガジン社、1994年)、『ポケット版オリンピック事典』(楽、2008年)など多数。ネット情報は『モスクワ五輪ボイコットの真相』(http://blog.livedoor.jp/itoko2/、2005年11月1日〜06年3月17日 全137回)など。