

答えは9個で、4人の選手が獲得しています。その実績を紹介しましょう。
この偉業を最初に達成したのは、フィンランド陸上競技中距離選手のパーボ・ヌルミです。彼はまず1920年の第7回アントワープ大会の10000メートル、個人クロスカントリー、団体クロスカントリーの3種目で優勝し、次の24年の第8回パリ大会では、1500メートル、5000メートル、個人クロスカントリー、団体クロスカントリー、3000メートル団体レースの5種目を制覇しました。さらに28年の第9回アムステルダム大会の10000メートルでも、金メダリストになり、超人ぶりを発揮しました。そのうえ、彼は、32年の第10回ロサンゼルス大会の代表にも選ばれていたのですが、賞金レースに出場していたことが発覚し、当時の参加資格規定(アマチュア規定)に抵触し、出場することができませんでした。
次に9個の金メダルを獲得したのは、ソビエトの体操選手のラリサ・ラチニナ。彼女は56年の第16回メルボルン、60年の第17回ローマ、64年の第18回東京大会に出場し、9個の金メダルを手にしています。内訳は団体で3個、個人総合で2個、種目別のゆかで3個、跳馬で1個となっております。そのほかにも銀を5個、銅を3個掌中に収めており、通算のメダル数17個は最多記録です。
3人目はアメリカの水泳(競泳)選手のマーク・スピッツ。彼が最初に金メダリストになったのは、68年の第19回メキシコ大会で、4×200メートルリレー、4×200メートルリレーの2種目で、72年の第20回ミュンヘン大会では100、200メートル自由形、100、200メートルバタフライ、4×100メートル、4×200メートルリレー、4×100メートルメドレーリレーの出場した7種目すべてで優勝。しかも全種目で世界新記録を樹立するというスーパーマンぶりに、当時の人たちはスピッツに“水の申し子”との異名を贈りました。
もう一人は、アメリカの陸上競技選手のカール・ルイス。84年の第23回ロサンゼルス大会で華々しくデビューした彼は、88年の第24回ソウル、92年の第25回バルセロナ、96年の第26回アトランタの4大会に連続出場し、100メートルで2個、200メートルで1個、4×100メートルリレーで2個と、ランナーとして計5個の金メダルを獲得しています。そのほかに彼は走り幅跳びで4大会連続して金メダリストになり、9個の金メダルに輝いたのです。ルイスの最後のオリンピックとなったアトランタ大会では、4×100メートルのリレーメンバーに彼が選ばれるかどうかが話題になりましたが、アメリカチームに選ばれなかったために、10個目の金メダルを手にすることができませんでした。
参考までに紹介すると、以上の4人の次には、8個組が何人かおります。日本の体操男子・加藤沢男もその一人です。“オリンピック男”と言われた彼は、68年のメキシコ、72年のミュンヘン、76年のモントリオールの3大会に出場し、団体で3個、個人総合で2個、種目別の平行棒で2個、ゆかで1個、計8個の金メダルを獲得しています。彼は、国際スポーツ記者協会(AIPS)が選んだ「20世紀を代表する100人のスポーツ選手」の1人に選ばれている唯一の日本人選手ですが、国内ではそれほど評価されているようには思われません。不思議なことです。
以上のことから言えることは、偉業を達成した4人は、2回から4回の出場でものにしていることです。金メダルを9個以上獲得するオリンピアンは、今後誕生するでしょうか?
執筆者:伊藤公(いとう・いさお)プロフィール
1935年生まれ。明治大学文学部卒。出版社を経て66年より日本体育協会・日本オリンピック委員会(JOC)に勤務。その大半を国際部門で過ごし、80年のモスクワ・オリンピック時は国際課長だった。91年、独立しフリーのオリンピック評論家に。72年の札幌冬季大会時よりオリンピックに携わり、現場での観戦・取材は夏季・冬季合わせて10大会に及ぶ。日本スポーツ学会(スポーツ・ネットワーク)運営理事、日本スポーツ芸術協会、日本オリンピック・アカデミー(JOA)各会員。共著・共編著は『オリンピックの本』(サイマル出版会、1986年)、『近代オリンピック100年の歩み』(ベースボール・マガジン社、1994年)、『ポケット版オリンピック事典』(楽、2008年)など多数。ネット情報は『モスクワ五輪ボイコットの真相』(http://blog.livedoor.jp/itoko2/、2005年11月1日〜06年3月17日 全137回)など。